大地の芸術祭というイベントがあります。
2021年はコロナのため中止でしたが、新潟県十日町市などで3年に1度開かれるアートイベント、越後妻有(えちごつまり)アートトリエンナーレです。
東京23区より広い里山にアートが点在しており、ここへ行くと美術館では得られない「アートと空間のつながり」「アートが生きていること」を体感することができるのです。
アートとはアーティストの作品『だけ』である、という固定観念を壊す体験ができますね。
「アート」と「空間」はつながっている
アートには「周囲の空間が大事」です。
アート作品が美術館などに飾ってあっても、作品と周囲の空間との関わりはありません。
そもそも、そのアートはその美術館に飾るために作られたものでしょうか?そんなことはないはずです。
アートが持つ意味とその美術館の空間が持つ意味がつながっていないのです。
場所を変えて世界をまわる作品も一緒です。
その作品がいま置かれている場所は、その作品がいちばん生きる場所でしょうか?アーティストはその場所に置くために作品を作ったのでしょうか?
多くの場合、アートとその周辺の空間とが切り離されているのです。
そもそも、空間と意味のつながりを持たせることを意図されていない作品もありますが、空間が作品に与える影響は決して軽くはありません。
意味のある空間
大地の芸術祭の場合、作品は「意味のある空間」に置かれます。
人々の暮らしが息づいた里山、廃校になった校舎、誰も住まなくなった家など、「意味のある空間」に作品を置くことで作品と周囲の空間との関わりを生み出すことができるのです。
もしこれらの作品を別の場所に移したら、もはや作品は生きません。その作品が置かれるのは、その場所でなければならない必然性があるのです。
その作品が、その場所に置かれることに意味があるのです。それが作品と場所の双方の魅力を引き出します。
場所を固定されることで一般的なオークションなどでの購入の対象からは外れます。そして、アートはその場所で生きることができるのです。
作品単体が作品ではないのです。周囲の「意味のある空間」と切り離すことができない関わりの全体が作品を構成しているのです。
作品と空間との間に境界線を引かず、それらが一体となった全体性にこそアートの魅力があるんですね。