「育てるタオル」という商品があります。
一見するとおしゃれなふつうのタオルですが、洗濯を繰り返すと糸が空気を含んでふくらみます。
この「ふくらむ」ことを「育つ」と呼んでいるのです。
この育てるタオルは非常に売れていますが、「なぜ売れているのか?」「どうやってこの商品アイディアを出したのか?」の2点を考えると、その裏にアート思考に通じるものが見えるのです。
「育てるタオル」の訴求は何?
一般的にタオルを売ろうと思った場合、「吸水性、速乾性、ふっくら感、耐久性」など、「機能」を中心に訴求します。
それらに加えて、「ホテル仕様、今治ブランド、オーガニックコットン」などの権威性や素材の特徴を訴求に使うこともありますね。
一方この「育てるタオル」はそれらのどれも使ってはいないのです。
Amazonの販売ページには下のような説明があります。
使いこむほどにふっくらと育っていく究極のタオル
育つのはふんわり感だけではなく、吸水性や速乾性も高くなっていきます。使い込むほど、スーッとやさしく水分を吸ってくれる。そんな楽しい驚きが待っているタオルです。
ふっくら、吸水性、速乾性という言葉を使ってはいるものの、ここで訴求しているのは明らかに「体験」です。
「ふっくらと育っていく」とは、時間と共にタオルの質感が変化するということですね。
そして「楽しい驚きが待っている」とは、楽しさや驚きといったエンターテイメントのような体験を言っています。
「このタオルを使うことで、あなたはこんな体験を楽しむことができますよ」というのが育てるタオルの訴求なのです。
他のタオルでは得られない「体験」を訴求しているのです。
新しい「意味」を与えた
タオルがふくらむことを、まるで人や植物のように「育つ」という表現を使っているところが、体験を重視するアート思考を感じます。
また、明らかに目を引くパッケージデザインも他のタオルと一線を画しています。
タオルを、これまでのように「手や体を拭くためのもの」として見ているのではなく、「育てる体験を楽しむもの」として見ています。
タオルに与える「意味」がこれまでとは違うのです。
これまでになかった新しい意味を作り出すことは現代アートの思考に通じますね。
新しい「意味」を作り出すことが、新しい価値につながっているのです。
機能を超えた「評判価値」
「育てる楽しみ」というこれまでのタオルにはない新しい「体験価値」は、人にプレゼントしても喜ばれるかもしれません。
価格はフェイスタオルサイズで一枚約2,400円。一枚200〜300円の安いタオルとは明らかに価格が違います。
おしゃれなパッケージデザインも含め、人にプレゼントする「ギフトタオル」の意味合いも持たせたのでしょう。
このタオルをプレゼントするとプレゼントした側のセンスの良さも相手に伝わり、より一層商品の価値が高まりますね。
これは価値の4象限でいう「評判価値(人から良くみられること)」です。
育てるタオルをプレゼントすることで、プレゼントした人の評価が高まればタオルの価値も上がるのです。
商品はタオルではない/相互作用で商品が生きる
育てるタオルはタオルだけが商品のように見えますが、実はそうではないのです。
利用する顧客との関係性によって商品は変化します。利用する人が違えば、タオルの変化のしかたも違うのです。
アーティストのマルセル・デュシャンは、
「芸術作品はつくる者と見る者という2本の電極からなっていて、ちょうどこの両国間の作用によって火花が起こるように、何ものかを生み出す」
と言いました。
育てるタオルでいえば、商品とそれを使う人との「相互作用」によってはじめて体験が成立するのです。
タオルだけ、あるいは顧客だけが存在しても、そこに価値が生まれることはないのです。
オラファー・エリアソンの『あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること』という作品と一緒です。
この作品は、鑑賞者の影が光となってスクリーンに映し出されます。鑑賞者がいることではじめて光と影の豊かな表情が生まれるのです。
作品だけが作品ではなく、鑑賞者との「相互作用」によってはじめて作品が成り立つのです。
作品が独立して完結する存在ではなく、世界や鑑賞者と溶け合い影響し合いながらつながっているのです。
顧客と商品の「相互作用」でお互いがより生きる、育てるタオルと一緒ですね。
この商品を企画した人は、アートが好きなのかもしれません。
「タオル」という既存の狭い枠組みの中でものを考えず、他とは違う新しい「体験」に新しい「意味」を与えたのです。
同じ商品を売るにしても、企画する人が違っていたらここまでになることはなかったでしょう。
ただの「洗うとふくらむタオル」では何も面白くありません。
育てるタオルは、アート思考を活用することで既存の枠組みを超えた新しく面白い商品を作れる好例ですね。