太刀川英輔さんの「進化思考」は、生物進化の「変異」と「適応」を創造のヒントにする考え方です。
この進化思考を活かすことで、これまでにない商品やサービスのアイディアを生み出しやすくなるのです。
今回はこの進化思考から「変異3:消失」の発想で生み出せる商品の具体例を見ていきます。
「消失」とは、通常はあるモノやプロセスを取り除いてみる発想法です。
生物進化でいえば、熊の仲間でありながらしっぽのないコアラがいますね。
また、車は元は馬車から馬を取り除いた発明です。
さらに、車から運転手を取り除いた自動運転車は現在も進化中です。
これまでの常識を取り除く「欠失」の発想で、自由なアイディアを生み出しやすくなるのです。下で具体例を見ていきますね。
目次
「授業」を取り除いた学習塾
授業をしない塾として有名になったのが武田塾です。
これまで学校でも塾や予備校でも授業は行って当たり前でした。
しかしその中身は参考書などに書いてあることとほぼ変わりませんし、授業を聞いてわかったところでその内容が身についたわけではありません。
それよりも、数学でも英語でも自分で手を動かして身につけることが重要ですね。それならば、授業は無しで身につけることに特化させれば生徒の成績は上がるのです。
私自身、高校時代はまともに授業を聞いたことはなく全て独学だったので、武田塾の考え方がよくわかります。
参考書に文字情報として書いてあるのと同じことを、先生が授業という名の下にわざわざ音声情報に変換することに価値を感じなかったのです。
武田塾のやり方は今後さらに広がるかもしれないですね。
「シャンプー・顔剃り」を取り除いた床屋
QBハウスは床屋からシャンプーや顔剃りを取り除きました。
ヘアカット専門店として、これまでの床屋より速く、安く、カットしてくれることでヒットしました。
これまで当たり前とされていたサービスは、顧客から必ずしも必要とされていなかったのです。
通常の床屋からシャンプーなどを取り除く「欠失」の発想でQBハウスに行き着きますが、あるいは顧客の声を聞くことで「ゼロベース」でヘアカットサービスを創り出すことでも、QBハウスに行き着くかもしれません。
QBハウスへたどり着く道は一つではないのです。
ちなみにこの「ゼロベース」で考える方法は、「進化思考」ではなく「アート思考」によるものです。
進化思考の前提は「今あるものを変えること」です。今ないものは変えようがないのです。38億年前の地球生命の誕生、つまりゼロイチの発生は、進化思考では説明することができません。
「進化思考+アート思考」で複数の視点から考えるなら、QBハウス創業者以外の人でもQBハウスのサービスへとたどり着いたかもしれないですね。
「店舗」を取り除いたレストラン
コロナ禍でヒットしたのが、通常のレストランから店舗を取り除いた調理専門のレストランです。
「バーチャルレストラン/ゴーストレストラン/クラウドキッチン」などと呼ばれます。実店舗を持たずデリバリーのみで展開するので、少額かつ副業でも始めることができるのです。
調理場も自宅を使う必要はなく、レンタルで使えば十分です。必要な時だけ調理場をレンタルして、ウーバーイーツなどで来た注文に応えるだけで成り立ちます。
臨時の配達員であるウーバーイーツなどの配達員が、お店の人が、調理、接客、配達、全て行わなければならないというこれまでの常識を壊してくれました。
この配達サービスが存在しなければ、ゴーストレストランも存在できなかったことでしょう。
進化とは、何か一つの業種の中だけで起こるものではありません。
何かのきっかけで世の中に新しいサービスができ、そのサービスが次の新しいサービスを生み出すきっかけになることがるのです。
こうして次々と世の中が変化していくんですね。
「社員」を取り除いた会社
c. coffeeというコーヒーがあります。D2Cの通販を中心に圧倒的に売れている商品ですが、このコーヒーを作っている会社には社員が一人もいないのです。
会社名はMEJ。この会社は経験豊富な外部のプロ人材をスポットで活用するプロシェアリングを利用しています。役員以外に社員ゼロで、商品開発、広告運用、顧客対応まで全て「外注」しています。
仮にプロを雇おうとした場合、採用は簡単ではありません。運良くヘッドハンティングできても、今の仕事を辞めるのに1年近くかかる場合もあるのです。
時間とコストが膨大にかかります。
一方、プロシェアリングならその分野のプロが翌週からでも来てくれるのです。もはや、時間をかけて社員を雇い育成する必要がなくなりますね。
「会社には社員が必要だ」という常識は絶対ではありません。ひっくり返すことは可能なのです。
「お客」の一部を取り除いたニッチ商品
スキンケア化粧品を作る場合、「ニキビに効きます」「保湿に良いです」などと訴求したところで、大手には勝てず売れません。
顧客を広く考えると訴求が弱まってしまいます。だからこそ小規模事業者はニッチに絞って商品を考えます。
ある企業は大手が手を出していないニッチに絞り「アゴニキビ専用」や「背中ニキビ専用」といった商品で数十億円ヒットさせることができました。
アゴニキビに悩みがある人はニキビ全体に効くものよりもアゴニキビに特化して効くものがあればそちらを選んでくれるのです(中身はほぼ同じでも)。
ニキビ全体に効くものよりも実際に効果があるかどうかではなく、より効果があるように見えるところがポイントです。
同じ商品でも「◯◯専用」とするだけで◯◯により高い効果を発揮するように見えるのです。商品を変えたのではなく商品の「見せ方・売り方」を変えたのです。
これをせず「ニキビ」だけで売っていたら大手には勝てず売上はゼロに近かったことでしょう。商品を変えずに「見せ方・売り方」を変えただけで億を超える売上が生まれたのです。
またある企業は「顔汗専用の制汗クリーム」でヒットしました。
夏の暑さによる顔汗のほか、更年期や体質などで顔汗に悩んでいる人は多くいます。
でも、スプレー式の制汗剤では刺激が強く顔には使えませんし、電車などで汗が出た時に使うこともできません。また汗拭きシートでいちいち拭くのはめんどうだし女性の場合メイクが崩れてしまいます。
汗でメイクが崩れる女性や一人だけ汗をかいていて恥ずかしい思いをする方は、「汗が出る前」に止めたいのです。
そこで作ったのが「顔汗専用の制汗クリーム」です。
朝出かける前に顔に塗るだけで1日中汗を抑えてくれ、美容成分も入って肌にもやさしい処方です。このクリーム1個で数十億円売れるヒット商品になりました。
マーケティング的にいえば、「絞る」「ズラす」という考え方です。競合に勝てなければ勝てるところに絞り込んだり、分野をずらしたりするのです。
すると、時には思いがけないヒットにつながることもありますね。
「大衆受け」を取り除いた高級茶
ロイヤルブルーティーというお茶があります。
ワインボトルに入った写真のお茶は、一本30万円もするのです。ペットボトルのお茶約2,000本分の価格です。
このお茶はターゲットを絞っています。ペットボトルのような大衆向けではなく、高級品市場に絞るのです。
他にはない高級茶として、高級レストランやホテル、国賓の晩餐会、JAL国際線のファーストクラスでも提供されているのです。
そしてこのお茶は「ノンアルコール食文化」の創造も目指しています。
お酒を飲めない人、あえて飲まない人は世の中には多くいます。
しかし、たとえばパーティーでワインで乾杯するときなどは、お茶を頼むとペットボトルのお茶がコップに注がれることが多いのです。
それでは味気なく雰囲気も出ないのです。
しかし、ワインボトルに入ったお茶をワイングラスに注ぐことによって、「宝石のように輝く色」や「上品な淡い香り」を愉しむことができるのです。
この価値はペットボトルのお茶では実現することはできません。ターゲットを絞ることでこれまでにない新しい価値が生み出されたのです。
このお茶を生み出す発想は進化思考でいう「欠失」と捉えることもできますが、それだけではありません
お茶は安いものだ、という発想の「逆転」と見ることもできますし、安さから高級への「ズラし」と見ることもできるでしょう。
あるいは、新しい食文化の提案という「意味の再定義」と見ることもできますね。
同じ発想にたどり着くにも、道は一本ではないのです。複数の思考法を試すことで売れるアイディアによりたどり着きやすくなりますね。
「多様な品揃え」を取り除いた専門店
商品の種類を絞り込み「専門化」することで、強みがさらに強くなり売れる可能性がありますね。たとえば「食パン専門店」や「クロワッサン専門店」も人気です。
銀座にはパンやドリンクだけでも下のような専門店が溢れています。
銀座のパン系専門店
「食パン専門店」「ベーグル専門店」「カレーパン専門店」「ジャムパン専門店」「メロンパン専門店」「チーズナン専門店」
銀座のドリンク系専門店
「フレッシュジュース専門店」「バナナジュース専門店」
「甘酒専門店」「日本酒専門店」「獺祭専門店」「ビール専門店」「ジントニック専門店」「ウィスキー専門店」「テキーラ専門店」「ワイン専門店」「ドイツワイン専門店」「バーボン専門店」
「コーヒー専門店」「エスプレッソ専門店」
「日本茶専門店」「煎茶専門店」「ほうじ茶専門店」「中国茶専門店」
「紅茶専門店」「ダージリン専門店」「ミルクティー専門店」「ハーブティー専門店」
「スープ専門店」「出汁専門店」「青汁専門店」「味噌と味噌汁の専門店」
銀座にお店を出すとなれば、ちょっと売れるくらいでは家賃が高くて続きません。銀座にお店を出し続けられるということは一定以上売れている、需要があるということですね。
※店舗は赤字でも、「銀座に出店している」と宣伝できるブランド獲得費用として出店し、他の店舗の黒字で補っている例もあります。
ただ、ビジネスを成長させるには対象とする市場を「自社が役に立てる範囲で可能な限り大きくする」のが理想です。
クロワッサンなど狭い分野に尖った強みがあるのなら、そこでビジネスはできるでしょう。
しかし、今後さらにビジネスを「成長」させることを考えたとき、市場を広げなければ成長の限界が早く来てしまいます。
「クロワッサン専門店」よりも「パン屋」の方が潜在的なお客さんが多いので(市場が大きいので)大きく展開しやすいということです。
それでも専門店で成長を目指すのであれば、展開できる場所を探すかクロワッサン以外の専門店も新たに作ると良いですね。
化粧品・健康食品通販のある企業は、ニッチに特化した専門商品を複数持つことで年商100億円を超えています。
異なる専門店を複数持っているイメージです。専門商品を複数作るやり方は、ニーズが多様化している現代にはむしろ適したビジネスかもしれませんね。
特に、大企業と直接ぶつかりたくない個人や中小企業の場合、積極的にお客さんを選んで「専門化」することが有効ですね。